明るい生活

みんなに読まれたい

僕たちの失敗

 私の好きなどうしようもない友人には同じくどうしようもない恋人がいて、その映画のようにセクシーで退廃的な恋を、二人揃ってどこまで行ってしまうのだろうかと心配半分憧れ半分で見守っていた。しかし、4年近く交際していた二人は結局どこにも行けなかったようで、今ではそれぞれ一人で堀川通りを歩いている。友人の恋愛模様を映画のようだ、見守っているのだ、と思っていた私はワイドショーにかじり付く野次馬でしかなく、学生時代の恋愛というのは殆どがそういうものであるということも知る年齢になっていた。

 彼女達と同じくどうしようもない女、を自覚する私にもなんと恋人がいる。そして、その彼もまた私同様にどうしようもない人間である。

 私のどうしようもなさは、自分の容姿の珍妙さから性別を意識しすぎるあまり、女性としての役割を担うことや旨みを味わうことを勝手に放棄し、しなくてもいい損だけ受け入れながら、いつか復讐してやろうと怒っているという非常に情けない種類のものである。底抜けに明るくわがままでエキセントリックな破天荒ガールや妙にモテるそこそこ美人の弱い女、または性的魅力の溢れるメンタルヘルスの病んだ女というある種の特権階級的な特別感や厭世感でや憧れの対象になるような要素は全くない。私のようなタイプのどうしようもない女は、どうしようもない女界でも最下層に位置する誰にも相手にされないどうしようもない女である。しかしここまで堕ちてしまった女は、今更女性性を自覚したり意識した行動を取ろうとしても雌を出した面白ブスの図としかならず、更なる笑いを誘い、下手な女芸人のように、誰にも相手にされない哀れな雌ブスというキャラクターを演じ通すことで心の傷を最小限に留めるしかない。

 私の恋人のどうしようもなさはそれとはまた違う種類のもので、家庭の事情や経済状況に起因する鬱気味の無気力な性格ゆえに行動すべきときに動くことができず、追い詰められて更に動けなくなっている、というものである。道化の十字架を自ら背負った私とは根本的に違うが、自分本意で周りに相手にされず、現状を打破する努力もしない怠惰な性格であるという点は共通している。

 そんな私たちはお似合いのカップルか?自分ではよくわからない。私たちはお互いに自分のことにしか興味がないし、自分の都合しか考えていない。私はたぶんもう恋をしていないし、彼はもともと恋なんてしていなかったのではないかと疑っている。彼は私に別れようと言い出す気力がなく、私は彼を逃したらもう一生恋人ができず、結婚も出産もできないまま孤独死するのではないかという恐怖に勝てないため別れられない。

 笑われ女の私と陰気でしょうもない男の子のあまりにもつまらない馴れ初めを詳しく書くのは自分でも情けないが、簡単に言うとサークルの後輩ならいけるかな、といきってちょっといけそうな感じを出したら、本当にいけてしまったのだ。

 当時、私は人生で初めて告白した男の子に振られたところで、自尊心がものすごく傷付いていた。その彼はサークルの同期の男の子で、ブスでチビでオタクでよくわからない奴だったがギターが上手で格好いい曲を作っていた。この子の曲のよさが分かる私なら彼のことも分かるのではないかと思ったし、現在の恋人同様、この程度の男の子ならいけるだろうという邪すぎる思惑と思い上がりもあった。そのため、彼女がいたことのない童貞であるという点はむしろ好感が持てた。すごく好きだとまではいえなかったけれど、うっかり他のサークルの友人に話してしまったところ告白しろしろとそそのかされ、お酒が入ったときに思い切って伝えたのだ。

 しかし私は甘かった。彼の作る曲はどうやら私だけにわかる良さという訳ではなかったらしく、彼のバンドはあっという間に人気に火が付き有名なレーベルからインディーズデビューが決まっていた。メタルコアだかなんだかの中高生向けのシーンの中だけではあるが、友人であるという贔屓目を抜きにしても、ものすごい勢いで人気バンドへの階段を駆け上がっていた。そうなると、最早彼はブスでチビでオタクのようわからん奴、ではなくなる。あの最近きてるバンドのギターの男の子、となった彼はにわかにちやほやされ始めた。もう私程度にいけそうな男の子ではない。案の定、私が告白を決意した頃にはサークルの女の子たちにもモテはじめていて、そのうちの一人であるいかにも童貞が好みそうな処女ビッチ風の後輩Mといい感じになっていたらしい。

 それまで自分には恋愛をする権利がないと思っていた私がせっかく男の子を好きになったのだから、この際振られてもまあいいやと思って告白したものの、実際に振られてみると悲しいのと恥ずかしいのとで相当いたたまれない気持ちになった。いわゆるメタルコアバンド界隈に興味がなく、ライブハウスでのイケてる彼をほとんど知らない私にとって、同じサークルのオタク童貞に振られた上にサークルの後輩に取られてしまうかもしれないということは堪え難い屈辱であり、これまで自分の容姿と性格の悪さをよくよく理解し最大限弁えて生きてきたはずなのに、何故ここまで思い上がってしまったのかと、後悔と悲しみと悔しさの涙が止まらなかった。自分の顔に大きなバッテンを付けられて、そしてその印はこの先一生消えないような気がした。

 その上彼といい感じだという後輩Mは死ぬ程性格が悪く、私が彼に振られたと聞くやいなや私を食事に誘い彼とのデートの感想を聞かせ、大丈夫ですかぁ?を連呼し、私以外の私と仲の良かったサークル員らを巻き込んで彼とのグループデートを何度も計画し、恋愛相談と称して私の同期たちを何度も食事やお酒の席に誘って味方に付け協力体制を整えた。その甲斐あってかあっさり交際をはじめると、無理矢理私の下宿先に泊まり込んで私のベッドで彼との初体験の感想と彼の童貞喪失の瞬間のかなり気分の悪い下品な話まで語って聞かせた。屈辱感とまだ少しだけ残っていた彼への気持ちで最悪な気持ちになった。

 そんなときに現れたのが私の恋人のU君だ。彼は同じサークルの後輩ではあるが浪人しているため同い年で大人びて見えたし、ギターが上手でその彼よりもずっと背が高くて顔もずっと綺麗だった。こんなことがあった後なので、童貞ではないところが特にいいと思った。サークルの後輩ということもあり(というよりもそれが全てかも知れないが)先輩の私に対して気を遣ってくれて優しいし、控えめにではあるが私に好意を持っているかのような態度まで取ってくれる。好きにならない訳がなかった。

 そのあと何やかんやあって、いや、何もなく普通の手順を踏んだのち、U君と交際することになる。人生で一番泣いていた日々にいきなり人生で一番ハッピーで特別な時間が訪れ、そのまますごい勢いで変わる生活に毎日目が回るほど喜怒哀楽し、驚きながら過ごした。自分も女の子みたいなことを考えたり女の子みたいに振る舞ったりしてもええんや!と感動し、U君に微笑みかけられる度にその先にいる自分を誇りに思った。それでも、私のようなもんのする恋愛のすべてはどれも世界で一番恥ずかしいことなので、私と彼の間に起こることは全部二人だけの秘密にしようと心に誓った。

 結局、私を振った彼と後輩Mは半年ほどで別れ、Mは翌週から別のサークル員と付き合い始め部室で性行為に及んでいると噂されはじめた。彼女は何かしらの理由でとても傷付いていたのかもしれないし、二人だけの秘密にはしておけない何かがあったのかもしれない。それでも、既にU君との特別な恋に夢中だった私は最早何とも思わず、部室がくさくなるのは嫌やな、くらいの感想しか持たなかった。しかし、本人たちやそれを知る誰かにとって、その出来事は最高にドラマチックで退廃的なストーリーであったに違いないし、また、恐らくサークルの歴史を数年さかのぼれば全く同じような出来事が何度も繰りかえされているだろう。学生の恋愛なんて環境や程度の差はあれどれもこれもほぼ同じだ、と気付くのはすぐだった。

 はたち前後の学生時代、私たちのまだ数回目(もしかすると私のように初めて)の恋愛は全て誰かの恋愛と似ていて、女の子として私が感じたことや考えたことは全て他の女の子のそれと同じであるに違いない。私とU君だけの秘密は誰かとなにがし君だけの秘密でもあるはずで、世界中の女の子たちの秘密と特別はその瞬間から人知れず共有され、やがて時間の経過とともに秘密でも特別でもなくなっていく。

 私と彼だけのものだった秘密や特別はすぐに私だけのものになり、そのうちにまた、知らない女の子たちのものになってしまった。Mのように、次の秘密を知りたいか?もう知ることはできないかもしれないけれども、取り敢えず今はまだいい。U君が自分から別れを切り出すまで、もう殆ど残っていない女の子でいられる権利を使い切りたいと思っている。誰かを引きずりながら歩く堀川通りでも、一人で歩く知らない道よりはずっと心強いのだ。

2017年1月某日 Mとの記録 わるぐち

 友人Mが、まだ引っ越してもいない私の家で鍋パーティーをしたい、有給も取ったので約束(ずっと前に他の子もいる場で社交辞令で交わした)を守れとうるさい。まだ滋賀で生活していた私は引っ越し前の忙しいこの時期にわざわざその為だけに大阪に行くのは面倒だったが、断りきることもできずどうせならと梅田で14時までアルバイトを入れ、そのあと友人Sも交えて遊ぶことにした。

 バイト後先に家に帰って鍋や食器を買ったり用意したりしようと思っていたが、梅田で待ってて!といわれまあいいか一緒に買い出し行こ、と待つが約束の15時から更に30分遅れます!と連絡が入る。まあいいかと一番わかりやすいと思われる場所を選ぶ。ものすごい方向音痴で調べたりも人任せで迷っても自分で解決しないMのために地図や説明まで送って指定した場所で待っていると、そこわからんからイーレの前いくわ!とくる。何階?どっち側?ときいても曖昧な返答。

 結局私が探し回って到着するなり、ありがとうもごめんもなく荷物重い!とにかく一旦荷物置かせて!と言われる。見たところ荷物は少なかったので、私の家からスーパーや鍋売ってるとこは少し距離があるし乗り換えの駅で買い出ししてから帰りたいねん、ちょっとだけ我慢してな、私が荷物持つわ〜と預かると荷物は私の鞄よりも軽い。 普段身軽やからこれでも限界やねん!あなたの家に泊まるための荷物やねんけど!?と逆ギレされ押し切られて一旦帰宅。

 結構歩くやん〜、とこぼされながらも新居に到着。部屋に入るなり、え、何にもないやん、、机は?どこで鍋するつもりやったん?これは無理やろ、、さすがに、、等と言われる。ダンボール机にしよかと思ってた、というと、それはさすがに 、と外食することになる。「さすがに」はMの口癖である。不快。引っ越し前で何もないことは伝えていたし、事前に何があって何がないか細かく連絡していたのがよく確認していなかったようで、露骨にがっかりして私の貧乏臭さにひいているM。

 ご飯屋さんを探すために勝手に私のパソコンを使おうとしたMに、ネットはまだ繋がらないよというと、ありえへんなんで?パソコンあるやん?私のパソコンはいつでも繋がるで?携帯止められてんの?ネットできんとか今日何すんの?と頓珍漢なことを訊ねられる。話をきくにどうやらMの実家にはWi-Fiが飛んでいるらしく、パソコンはいつでもどこでもネットに接続できる携帯と同じようなものだと思っていたのだそう。 Mはお酒を飲めないので食べ物はMの食べたいものにしようと何がいいか訊ねると、お肉!とのことで携帯電話を使い食べログで探すも、その間Mは鏡で化粧直しをして私の部屋を背景に永遠に自撮り。Mは基本的に自分自身について以外の話題がないので、私がMを褒めたときと仕事や化粧や恋愛について訊ねたとき以外はなかなか自分から口を開かない。その上話のつなぎのつもりなのかお腹すいたを連発。食べてこいや。私は9時から14時までバイトでお昼食べてなかったので、バイト後あなたに1時間以上待たされてる間に食べてしまいました。冷蔵庫もないうちに食べ物は何にもない。悪しからず。可哀想になって鞄に入れていたチーズをあげる。すでにしんどい。

 夜まで仕事があった友人S(優しくてしっかり者でみんなのお姉さんやのにどこか要領が悪くてめっちゃ愛せる美人・好き)が、そろそろ仕事終わりそう!ごはんこことかここもいいよ!とお店のHP等を送ってくれて、結局そこにしようとなり新居からもSの職場からも近い心斎橋に向かう。

  Sは風邪気味なのと明日朝から仕事になってしまったのでうちには泊まらないとあらかじめ連絡があった。引っ越し前の部屋に2人も泊めて貰うなんてと気を遣ってくれているのかもしれない。彼女の優しさや気遣いはとても嬉しいが、Mと一対一はきついので今回だけはなんとしても泊まって欲しい。

  Sが合流してからは楽しく肉鍋を食べたが、時折MがSに対してうちらは仕事頑張ろな〜!と仲良しこよし風の一発ギャグをかましたり、あまりにも仕事しんどいしんどいというMを気遣いすごいなあなどと言うしかない私に、馬鹿にしたようなキメ顔で「ま、仕事やからな」とわざとらしくニッコリ笑いながら言う茶番に白け同時に腹が立つ。腐女子のいう「社会的に殺しますよ?」のような感じ。死ぬほど寒い。Mはアパレル販売職で自分の仕事にプライドを持っていて、それを働いていない苦労知らずの私にガンガン見せ付けるのが格好いいと思っている節がある。一種のマウンティングかもしれない。留年フリーターで化粧気洒落っ気がない私をあまちゃんで女としてださいと露骨に見下してきて不快。ブラックといわれるアパレル業界で強く生きる自分、自分の力で労働環境を変えて残業代や手当を勝ち取った、等々の武勇伝を披露するが、この話は誇張や嘘がありありとわかるほどに稚拙で悲しくなる。中年女性向けブランドのシフト制の販売員やんけ。ちなみに、Mは友人には徹底的にケチるが化粧品やブランド品を買いまくっていて同居する実家には一円も入れていないそうだ。Mを交えて友人らと食事に行った際、一円でも多く払っているのを見たことがない。たった数十円の端数でも必ず自分だけは少なく支払えるように仕向けていて怖い。

  Sの仕事も早いのでと解散し、Mと新居へ帰る。夜も遅いし電車に乗ろうかと訊ねるが、Mは何故か一方的に、は?私は歩くで。と発言。ほな一人で歩けやと思うが仕方なく従う。信号待ちをしていると、表情のない私に苛ついた様子で時間勿体無い!と言い捨て他の道へズイズイ進み出すM。結局この意味不明なMの行動のせいで道を間違え、数十メートルではあるが逆方向へ進んでしまう。私がアプリで地図を確認し正しい道に戻るも、Mはその間何もせず文句を言うだけ。挙げ句の果てには私が提示した道も疑い文句を垂れる。地図ではこっちやで、というがほんまに?そうやっけ?となかなか動かず更に時間を食い、ようやくわかりやすい目印のある地点まで誘導できたとき、無事に戻れてよかった〜!と非難めいた口調で自分が何かを達成したかのように言い放ちやがって苛立つ。

  帰宅し、お風呂どうぞドライヤーないけどごめんなあ、というと、はあ!?じゃあお風呂入れんやん!とキレられる。いやあるものないものは予め伝えてたし、そんなに必要なら事前に確認するべきやろ。自分から確認や事務連絡等は全くしないくせに、周りに全て上手く運んでもらうのが当たり前と思っているお姫様根性が腹立たしい。しつこく何度もないよないよと連絡していた布団についても、これだけですと見せると信じられないとでもいうように驚き、やんわりとなんとかしてよというようなことを言われる。引っ越し前に無理矢理泊まりに来たくせに。これでも今日Mを泊めるために実家から精一杯毛布やタオルケットを運んだし、自分では何一つ持ってきてないくせになんやねんこいつ。一日休みやったくせに、タオルでもブランケットでもええしせめて何か一つは持ってこいや。挙げ句の果てに、昨日買ったばかりの私の掛け布団を自分が使わせて貰って当然という態度で苛立つ。仕方ないかと諦めかけるが、お風呂に入って落ち着き、勇気を出して断る。そういえばシャンプーもトラベル用しかなかったが、今日だけ使えたらいいからという身勝手な理由でヘアパックまで付いた小さめのセットをMに買わされた。お前が買えや。むかつく。

 結局Mは頭を洗わずお風呂に入り、上がってから大声で騒ぐ。これから2年は住むつもりの部屋なのにと隣人の迷惑にならないか気が気ではなく、何度か静かに話してと頼むも何故騒いではいけないのかよくわかっていないらしく静まらない。ここはお前の住む滋賀の山奥の一軒家とは違う。

 私は今日1日のMの行動に腹が立ちすぎて、一刻も早く寝て家から追い出したかったが、Mは夜中まで女子会という雰囲気で恋愛やいつもの自慢話をしたかったらしくまだ眠くないな〜と連呼。大半の布をMに渡したので寒くて暖房を付けたいが乾燥するから消してと止められる。こんなに寒い時期にカーペットの上に敷いた敷布団にブランケット二枚とタオルケットで寝る羽目になったMは可哀想だったが、私だってフローリングの上に敷パッドだけに上は掛け布団一枚なのでこれ以上何も譲りたくない。寒さと顔を見たくないという気持ちから私は布団に潜り携帯電話を触りながら顔を合わせずにお喋り。寝るとき電気ないの無理、と私が買ったばかりの可愛いライトを勝手に付け、絶対消さんといてなと念押しされる。私よりも一時間早く起きて化粧をする予定なのだとか。無視して灯りを消して就寝。

 翌朝、目覚ましが鳴った瞬間に完璧に化粧をしたMに家中の電気を付けて回られ起床。恐らく布団が薄く寒かったことと灯りを無断で消した私への恨みによる行動で朝から不快。あなたっていびきかくんやなあ〜と迷惑そうに言われ謝罪。全然ええで友人の誰それよりましと許される。顔を洗い歯を磨き着替え、実家での引っ越し準備のために一刻も早く帰りたいが、朝10時には出たいと伝えていたのを10時にでればよいと取ったらしく、まだ時間あるやんゆっくりしよ〜と非喫煙者の他人である私の家で許可もなくベランダに出て煙草を吸うM。本当に不快。Mが部屋に戻ってきたと同時に煙草の臭いが部屋に侵入して苛立つ。恋人をはじめとするサークルの友人や先輩後輩、女の子ならユキちゃんや武子、りっぴ、ハスミン等、好きな人たちが煙草を吸ってもなんとも思わないどころかいいなとさえ感じるのに、嫌いな女が煙草を吸うとこんなにも不快なのかと思い知る。しかもMはファッション喫煙者で、依存すらしてないくせに、私が紹介したのち報告もなくいつの間にか交際していた恋人に合わせているのか一日にたった一本を人前で吸いたがる。痛すぎる。椎名林檎に憧れているだけのことはある。もうとにかく早くこの女から解放されたかったのでMにスッピン!?と驚かれても気にせず、前にも言うたかもしれんけどわたし親に会うときは化粧せんねん、とだけ答えて素顔で家を出る。

 乾燥するから暖房を付けるなと私にまで寒さに付き合わせたくせに、朝から寒い寒いと連発し部屋を出てもなお風邪ひいたかも!風邪ひいたかも!とひとしきり騒いだあと不機嫌に押し黙るM。はじめは無視していた私も段々と哀れに思い、仕方なく荷物重くない?大丈夫?と声を掛けた。昨日Mの荷物を持った際に化粧品で鞄が重いということを聞いていたので、化粧品の重みやなあ、と言うと、馬鹿にされたと思ったのかいきなり攻撃的になり「大丈夫やで、スッピンで歩くよりマシやわ。ようその顔で外歩いてられるな!」と怒ったようにはねつけられる。昨日どころか一週間ほど前からずっと不快さを我慢していたが、これにはさすがに腹が立ち、目も合わせず無視してそのあとは黙って電車を待つ。それでもずっと無言は大人気ないなと反省し、電車人多いなあ、等と話しかけると、あちらも人の心が少しは残っているのか何事もなかったかのように応える。大阪駅まで来た頃には苛立ちを抑えることができず、お金をおろすのでと適当な理由をつけ別れ、撒いた。最悪な気持ちで実家に帰宅。縁を切ろうと決める。もう友人ではない。

 

卒業と、それからのうだうだ

 クリスマスだ。だから何という話ではあるが、なんとなくそわそわし、ちょっと街にでも出掛けようかなという気分になる。実体のない“みんな”に付いていけずに疎外感を味わされたくなくて、私もその人達のする何かに参加したいのである。その何かが何たるかははまだ分からないが、主体性がなく、無意識のうちに常に“ここではないどこか”を探している私には恐らく一生わからない。自分がそういうしょうもない性質の女であるということだけはわかった。

  9月の半ば、私は同窓生から半年遅れて卒業し、晴れてフリーターとなった。学生でもなく社会人でもない、よくわからない曖昧な立場から社会に参加することは難しく、未だに学生時代の交友関係や思い出に縋って生活している。みんなそうなのかもしれないけれど、すごくやばいのかもしれない。周りを見渡すと、私と同じように留年し現在も学生生活を続けている友人は少なくないが、そういった友人達は皆大きな目標や問題、特別な事情を抱えていて、ただ自堕落なだけの何もしていない私とは違うような気がする。そもそもよく考えるとそう親しくもない。そういった友人達とは滅多に会うことはないが、何となく共同体意識を持って以前よりも少しだけ親しくなったような気がしている。

  しかし、その留年仲間の一人であったS君とひょんなことから仲良くなった。S君はギターが上手で音楽しかない、というタイプの男の子で、周りから変わり者といわれていた。どうしてもバンド活動をしたかったらしく、私の歌とピアノを褒めてくれて、その上私にバンドで歌って欲しいと言ってくれた。私は軽音サークルに所属しキーボードを弾いていたが、内心ずっと歌いたくてたまらず、ボーカルパートをやらせてもらうこともできずキーボードコピーマシンになっていることについて、本当は物凄く腹が立っていた。それまでキーボードを一人で担当していた女の子がサークルを辞めたとき、変わりが私しかいなかったということで引き受けたことに始まっているので、完全に自分で蒔いた種だ。しかし、自分よりも下手くそなボーカルちゃん達のためにけして容易ではないキーボードのパートをコピーしまくったサークル生活を振り返って、何やってんこれ、と怒っていた。あの頃から時間は経ったが、S君の申し出は願ってもみなかったことで、こんなに嬉しいことがあるのかと今年一番くらいに喜んだ。一緒に曲を作り、録音し、いよいよバンドが始まるぞとドキドキしていた。

 ある日S君から、セッションイベントで出会った人らともバンド組んでるんやけど、千晶ちゃんよかったら一回キーボードで入ってくれん?と言われ、西院のスタジオに出掛けた。S君がネットで知り合ったというバンドメンバーの人たちとラインで事務連絡を取り合い、スタジオに入り、楽しい!何でもドラムの男の子はプロを目指しているらしく、専門学校で本格的にドラムや音楽について勉強しているため演奏もそれなりに上手い。他の楽器のみんなも、まあできればデビューを目指したいな〜というところらしい。そこには勿論ボーカルパートの人もいて、それは私より2歳若い女の子だった。少しぽっちゃりとしてはいるが、若さも相まって可愛らしく、椎名林檎が大好きらしい。 “林檎ちゃんと同じ”ミントグリーンのギターを持って歌い、礼儀正しくてよく笑うとてもいい子だった。ギターは下手だが歌はまあまあ上手。愛嬌のある子で、そのスタジオでは店員みんなに声を掛けられ、ひどいワキガにも関わらずアイドルのような扱いを受けていた。

 この日から私とS君とのバンドの話は消滅し、私は何故かこのバンドのキーボードの人、になっていた。私とS君の作った曲は“林檎ちゃん好き”の彼女が歌うらしい。S君からはまだ何も聞かされていないが、私が軽音サークルで散々受けてきた扱いはここにきても続くらしい。私の方がずっとセンスがいいし歌も上手いのに。その子が鼻歌を録音した、というデータについて、バンドの男の子達はいいねいいねと褒めていた。私はほんまあと思った。これが私。男のバンドで歌をうたう権利がある女は、めちゃめちゃ上手い人、とカワイイ女の子だけですね。

 けれども私は年齢やしょうもないプライドのせいで、それでどうこうは言えないし、最早何の期待もしない。クールなあたし、というのではなくて、本当に、自分がどれくらいの人間なのか知っているのだ。顔が、才能が、センスが、ということでもなくて、そういう星の下に産まれたのが私。便利に使ってもらうことでしか相手にされない女。

 バンドでプロデビューなんて出来るわけないよ。できる人もいるかもしれないけれど、このバンドでは無理やろ。でも、キーボードでもいいからバンドはしたい。今すぐに辞めるつもりはない。少し怒っていますが仕方のないことです。

 私は一旦就職したら、少なくともしばらくは怠惰に働き続けるだろう。自分を変化させるエネルギーがないということは、全てを辞めて怠けてしまう人間よりもさらに厄介かもしれない。私はこれからもブスでブスキャラで、便利な女として価値を見出してくれる男の子にだけは相手にしてもらえる、という立場でい続けると思う。悲しい。そういう星。

 結局私はまた、相変わらずバイト漬けの毎日にうんざりし、電車を呪っている。

夏を終わらせるな

 BOATというバンドが好きで、去年の夏には死ぬほど聴いた。夏全開!という感じの元気なポップパンクバンド。NATSUMENの前身だそうだ。いいよ。

 今年の夏は音楽を聴かなかった。時給四ケタの健全なアルバイトのために毎朝早起きをして、夜は暑さで眠れず苦しんだ。我が家にはリビングに一台だけクーラーがあるが、エコと倹約をモットーとする母はその使用を認めたがらない。昨年までの私はまあそういうものか、と考えていたが、今年はぼんやりともしていられない暑さにどうしても腹が立ち、扇風機から送られる生ぬるい風にも怒っていた。音楽を聴いている場合ではない。あまりにも暑いと気温と飲み物のことしか考えることができず、音楽を聴くことができるのは余裕のあるときだけだと気付いた。

 何年か前の初夏、私には初めて恋人ができ、それまで嫌いだった生ゴミ臭くてビワコ虫だらけの汚い夏は明るく輝く最高の季節になった。恋人と過ごして笑い、サークル生活は充実し、大学の勉強も楽しかった。何よりも、一年前から始めた下宿生活の快適さに叫び出したいほどの自由を感じていた。あの夏には、私の青春と女の子としてのあまりにも短かった人生のすべてが詰まっていた。好きな人に好かれたと感じて浮かれていたことや思い出補正が働いていることを除いても、あんなにキラキラした季節はもう来ないような気がする。

 恋人とはまだ続いているが、もともと影のある佇まいが格好良いと思えた彼はその性格の9割を占める陰気な気質を隠さなくなり、私もしっかり者で気遣いのできる女の子ではいられず厚かましい基地外ババアになった。そもそも貧乏でギリギリだった二人の置かれた状況はどんどん悪くなり、お互いのしょうもなさから目を反らせないほどに時間が経った。もう終わりが見えている。悲しいなあ。泣けてきた。

 それでも今年も夏は来た。あの夏のように、それが無理ならせめてあの夏の次に最高の夏にしようと誓ったが、気付けば夏は終わり、あんなに腹を立てた日差しも恋しい季節が来ていた。暑さとお金、それからださいお酒で消費してしまった22歳の夏は、ここ数年でも最低の過ごし方をしたように思う。コールセンターのクーラーで冷やされ、外気の熱にやられた陰気で憂鬱な夏。それでも、やり直せなくてもいいから、せめてまだ終わらせたくない。

卒業できません

 就職活動や最後の考査を終え、卒業を控えた大学4回生の2月。新居に入れる家具を買いにわざわざ県外まで出掛けたその日、留年の報せを受けた。完全に自業自得かつ崖っぷちと思えたその状況に立たされても尚うんざりするほど何度も大学と電話でのやり取りを行い、それよりも遥かに辛い家族との話し合いも一段落し、内定先に謝罪の連絡を入れ、それなりに落ち込んだり泣いたり叱って貰えたりしながら清らかな気持ちで数週間をすごした。

  大方のことは受け入れ、反省し、感謝さえした。けれども卒業式の当日、袴や振袖を着て写真に収まる美しい同窓生達の華やかな様子をスマートフォン越しに眺め、何とも言えない気持ちになった。その写真を見ることができないほどの落ち込みはなかったが、いったん伏せてみたり着物の柄をなんとなく拡大してみたりしながら、これが留年するということか、とようやく自分が負うべき情けなさと恥ずかしさに触れることができたような気がした。

 本当のことをいうと、私には大学で新たにできた友人はほとんどいない。そのわずかな数人とも、たまに会ってはその様子を写真に残しSNSに載せることで、自分と同時に他の知り合いらに確認させはじめて成立するような関係だったのではないかと不安になる。ただ、大学で知り合った学科の友人らは、本当に優しく上品で知的な、見た目も心も美しい女の子ばかりだった。思春期の盛りを過ぎてから出会ったことや、それまで築いた友人関係よりも関わりが薄かったため良いところしか見なかったこともあるが、お嬢様女子大といわれるだけのことはあり、皆本物のお嬢さんであった。

 彼女達のきらびやかな卒業式をSNS越しに見張りながら、私の存在はあの娘たちの大学生活から投げ出されてしまったなと少し不貞腐れ、一つ下の学年の、同い年の恋人に会いに行くことにした。

 卒業式は私の恋人の住むアパートの最寄り駅から徒歩3分のキャンパスで行われていた。本当はどちらが目的だったのか考えたくはないが、ここまで来たのだからついでに、と自分に言い聞かせて会場に向かった。卒業式の時間はとうに終わっていたが、誰か知り合いがいるかもしれないし、友人に会えるかもしれない。そう考えると同時に、さすがに今日は誰にも会いたくない気分でもあった。会ってもおめでとう以外に何を言えばよいのか分からないし、私と会うことでその誰かに気まずい思いをさせてしまう。せっかくのおめでたい日にシミを残し、自分にとっても苦い思い出を増やすだけではないか。自分でも何がしたいのかわからないまま、懐かしくもない他学部のキャンパスの門をくぐり、式場外の花道を進む。やはり自分の学部の式はとっくに終了している。別の学部の卒業式も今しがた終わり、これから花道を通って退場するところらしい。先輩や友人、恋人の晴れ姿を見に来たらしい顔見知りに何人か出くわし気まずい顔をされたが、なんとか平静を装って通り過ぎた。やがて校舎の扉から溢れ出た色とりどりの袴を着た女の子たちの流れに逆らって進み、そのままどこまで歩けばよいのか、どこへ行きたいのかも分からず、図書館へと逃げ込んだ。学生証で図書館のゲートを通り抜けるとき、あ、これまだ使えるんや、とにんまりし、張りつめていたものを緩めたのがいけなかった。

 もろもろになったトイレットペーパーで何度も顔を拭い、立ち上がって個室を出るまでに、30分は掛かったのではないかと思う。私は自分が何故泣いているのかも分からないまま、このやるせなさの落としどころがどこにあるのかを考え続けた。

 一日中握り締めた水色のスマートフォンは、その日一度も鳴らなかった。

ちゃんとしてほしい

 私の駄目さにいちいち付き合わされている私はとても可哀想だと思う。小学生まではよかったが、評判も偏差値もさして良くない中高一貫教育の中学校にわざわざ入学したあたりから、私はおかしな人間になってしまったような気がする。

 どこがどのようにおかしいのか具体的に説明するのは難しいが、とにかく忘れる、遅れる、間違える、勘違いをする、分かっていてもできない、動けない、とんでもない失敗をする。それはただ私がそそっかしいだけかもしれないし、だらしがないだけかもしれないし、誰にでもあることを気にしすぎているだけかもしれない。しかし、インターネットなどでよくみかけるアレやアレの症状にもよく似ているなあ、と思い当たる節もあり、本当にまともでなくなってしまうことには恐ろしくなる。駄目を自称し駄目自慢で人を笑わせ笑われる私だが、それすらも自己顕示欲のあらわれや個性派気取りの設定の一つで、所詮はファッション駄目人間でいたいのだと気付き、恥ずかしいやら情けないやらでやるせない気持ちになる。同時に、病名の付くものや生まれつきの何かと考えて仕方のないこととしたがっている自分の狡さや甘えにもうんざりする。

 留年した、学費が高い、アルバイトを詰めすぎてしんどい。去年何となくで就職を決めていた明らかにヤバい会社の内定を辞退し再び就職活動に取り組んでいるものの、ほとんど動けない。エントリーシートを書けない、面接に行けない、内定がない、就職できない。

 こんな状況に追い込まれてもまだ本気を出せない私って、ホントにどうかしてるよね。自分から少し離れたところに、どうしようもない自分をぼんやりと眺める自分がいて、そちらが本当の私である。私は自分のどうしようもない行いを他人事のように感じ、わらったり悲しんだりしながらそれを眺めている。誰かに叱られればいいのになあ、と考える。