読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

明るい生活

みんなに読まれたい

僕たちの失敗

 私の好きなどうしようもない友人には同じくどうしようもない恋人がいて、その映画のようにセクシーで退廃的な恋を、二人揃ってどこまで行ってしまうのだろうかと心配半分憧れ半分で見守っていた。しかし、4年近く交際していた二人は結局どこにも行けなかったようで、今ではそれぞれ一人で堀川通りを歩いている。友人の恋愛模様を映画のようだ、見守っているのだ、と思っていた私はワイドショーにかじり付く野次馬でしかなく、学生時代の恋愛というのは殆どがそういうものであるということも知る年齢になっていた。

 彼女達と同じくどうしようもない女、を自覚する私にもなんと恋人がいる。そして、その彼もまた私同様にどうしようもない人間である。

 私のどうしようもなさは、自分の容姿の珍妙さから性別を意識しすぎるあまり、女性としての役割を担うことや旨みを味わうことを勝手に放棄し、しなくてもいい損だけ受け入れながら、いつか復讐してやろうと怒っているという非常に情けない種類のものである。底抜けに明るくわがままでエキセントリックな破天荒ガールや妙にモテるそこそこ美人の弱い女、または性的魅力の溢れるメンタルヘルスの病んだ女というある種の特権階級的な特別感や厭世感でや憧れの対象になるような要素は全くない。私のようなタイプのどうしようもない女は、どうしようもない女界でも最下層に位置する誰にも相手にされないどうしようもない女である。しかしここまで堕ちてしまった女は、今更女性性を自覚したり意識した行動を取ろうとしても雌を出した面白ブスの図としかならず、更なる笑いを誘い、下手な女芸人のように、誰にも相手にされない哀れな雌ブスというキャラクターを演じ通すことで心の傷を最小限に留めるしかない。

 私の恋人のどうしようもなさはそれとはまた違う種類のもので、家庭の事情や経済状況に起因する鬱気味の無気力な性格ゆえに行動すべきときに動くことができず、追い詰められて更に動けなくなっている、というものである。道化の十字架を自ら背負った私とは根本的に違うが、自分本意で周りに相手にされず、現状を打破する努力もしない怠惰な性格であるという点は共通している。

 そんな私たちはお似合いのカップルか?自分ではよくわからない。私たちはお互いに自分のことにしか興味がないし、自分の都合しか考えていない。私はたぶんもう恋をしていないし、彼はもともと恋なんてしていなかったのではないかと疑っている。彼は私に別れようと言い出す気力がなく、私は彼を逃したらもう一生恋人ができず、結婚も出産もできないまま孤独死するのではないかという恐怖に勝てないため別れられない。

 笑われ女の私と陰気でしょうもない男の子のあまりにもつまらない馴れ初めを詳しく書くのは自分でも情けないが、簡単に言うとサークルの後輩ならいけるかな、といきってちょっといけそうな感じを出したら、本当にいけてしまったのだ。

 当時、私は人生で初めて告白した男の子に振られたところで、自尊心がものすごく傷付いていた。その彼はサークルの同期の男の子で、ブスでチビでオタクでよくわからない奴だったがギターが上手で格好いい曲を作っていた。この子の曲のよさが分かる私なら彼のことも分かるのではないかと思ったし、現在の恋人同様、この程度の男の子ならいけるだろうという邪すぎる思惑と思い上がりもあった。そのため、彼女がいたことのない童貞であるという点はむしろ好感が持てた。すごく好きだとまではいえなかったけれど、うっかり他のサークルの友人に話してしまったところ告白しろしろとそそのかされ、お酒が入ったときに思い切って伝えたのだ。

 しかし私は甘かった。彼の作る曲はどうやら私だけにわかる良さという訳ではなかったらしく、彼のバンドはあっという間に人気に火が付き有名なレーベルからインディーズデビューが決まっていた。メタルコアだかなんだかの中高生向けのシーンの中だけではあるが、友人であるという贔屓目を抜きにしても、ものすごい勢いで人気バンドへの階段を駆け上がっていた。そうなると、最早彼はブスでチビでオタクのようわからん奴、ではなくなる。あの最近きてるバンドのギターの男の子、となった彼はにわかにちやほやされ始めた。もう私程度にいけそうな男の子ではない。案の定、私が告白を決意した頃にはサークルの女の子たちにもモテはじめていて、そのうちの一人であるいかにも童貞が好みそうな処女ビッチ風の後輩Mといい感じになっていたらしい。

 それまで自分には恋愛をする権利がないと思っていた私がせっかく男の子を好きになったのだから、この際振られてもまあいいやと思って告白したものの、実際に振られてみると悲しいのと恥ずかしいのとで相当いたたまれない気持ちになった。いわゆるメタルコアバンド界隈に興味がなく、ライブハウスでのイケてる彼をほとんど知らない私にとって、同じサークルのオタク童貞に振られた上にサークルの後輩に取られてしまうかもしれないということは堪え難い屈辱であり、これまで自分の容姿と性格の悪さをよくよく理解し最大限弁えて生きてきたはずなのに、何故ここまで思い上がってしまったのかと、後悔と悲しみと悔しさの涙が止まらなかった。自分の顔に大きなバッテンを付けられて、そしてその印はこの先一生消えないような気がした。

 その上彼といい感じだという後輩Mは死ぬ程性格が悪く、私が彼に振られたと聞くやいなや私を食事に誘い彼とのデートの感想を聞かせ、大丈夫ですかぁ?を連呼し、私以外の私と仲の良かったサークル員らを巻き込んで彼とのグループデートを何度も計画し、恋愛相談と称して私の同期たちを何度も食事やお酒の席に誘って味方に付け協力体制を整えた。その甲斐あってかあっさり交際をはじめると、無理矢理私の下宿先に泊まり込んで私のベッドで彼との初体験の感想と彼の童貞喪失の瞬間のかなり気分の悪い下品な話まで語って聞かせた。屈辱感とまだ少しだけ残っていた彼への気持ちで最悪な気持ちになった。

 そんなときに現れたのが私の恋人のU君だ。彼は同じサークルの後輩ではあるが浪人しているため同い年で大人びて見えたし、ギターが上手でその彼よりもずっと背が高くて顔もずっと綺麗だった。こんなことがあった後なので、童貞ではないところが特にいいと思った。サークルの後輩ということもあり(というよりもそれが全てかも知れないが)先輩の私に対して気を遣ってくれて優しいし、控えめにではあるが私に好意を持っているかのような態度まで取ってくれる。好きにならない訳がなかった。

 そのあと何やかんやあって、いや、何もなく普通の手順を踏んだのち、U君と交際することになる。人生で一番泣いていた日々にいきなり人生で一番ハッピーで特別な時間が訪れ、そのまますごい勢いで変わる生活に毎日目が回るほど喜怒哀楽し、驚きながら過ごした。自分も女の子みたいなことを考えたり女の子みたいに振る舞ったりしてもええんや!と感動し、U君に微笑みかけられる度にその先にいる自分を誇りに思った。それでも、私のようなもんのする恋愛のすべてはどれも世界で一番恥ずかしいことなので、私と彼の間に起こることは全部二人だけの秘密にしようと心に誓った。

 結局、私を振った彼と後輩Mは半年ほどで別れ、Mは翌週から別のサークル員と付き合い始め部室で性行為に及んでいると噂されはじめた。彼女は何かしらの理由でとても傷付いていたのかもしれないし、二人だけの秘密にはしておけない何かがあったのかもしれない。それでも、既にU君との特別な恋に夢中だった私は最早何とも思わず、部室がくさくなるのは嫌やな、くらいの感想しか持たなかった。しかし、本人たちやそれを知る誰かにとって、その出来事は最高にドラマチックで退廃的なストーリーであったに違いないし、また、恐らくサークルの歴史を数年さかのぼれば全く同じような出来事が何度も繰りかえされているだろう。学生の恋愛なんて環境や程度の差はあれどれもこれもほぼ同じだ、と気付くのはすぐだった。

 はたち前後の学生時代、私たちのまだ数回目(もしかすると私のように初めて)の恋愛は全て誰かの恋愛と似ていて、女の子として私が感じたことや考えたことは全て他の女の子のそれと同じであるに違いない。私とU君だけの秘密は誰かとなにがし君だけの秘密でもあるはずで、世界中の女の子たちの秘密と特別はその瞬間から人知れず共有され、やがて時間の経過とともに秘密でも特別でもなくなっていく。

 私と彼だけのものだった秘密や特別はすぐに私だけのものになり、そのうちにまた、知らない女の子たちのものになってしまった。Mのように、次の秘密を知りたいか?もう知ることはできないかもしれないけれども、取り敢えず今はまだいい。U君が自分から別れを切り出すまで、もう殆ど残っていない女の子でいられる権利を使い切りたいと思っている。誰かを引きずりながら歩く堀川通りでも、一人で歩く知らない道よりはずっと心強いのだ。